アザラシといえば、動物の中でも一、二を争うほどの可愛い生き物。ゴマフアザラシの赤ちゃんの画像なんて見てしまった日には、可愛すぎて悶絶してしまう。実際、アザラシの中には人懐っこくて表情豊かな種類も多く、SNSでも“癒し系アイドル”的存在として大人気。

アザラシといえば、色んなマスコットキャラクターのモデルとしても起用される大人気の生物だ。なかでも「まるすぎるアザラシ」シリーズは、見ているだけで心がふわっと和むという人も多いだろう。
しかし、今回の主役ヒョウアザラシは『アザラシ=可愛い』の概念を根底から覆すほどのトラウマパワーを持った恐ろしい猛獣だ。

これが、問題のヒョウアザラシ…。どこからどうみても肉食獣そのものだ。
噛み付くぞと言わんばかりのキバと巨大な顎は、『アザラシ=ゴマフアザラシ』という価値観に洗脳された我々にはなかなか堪えるものがある。ちなみにこのアザラシ、正式な学名は「Hydrurga leptonyx(ヒョウアザラシ)」といい、南極で暮らすアザラシ類の中でもトップクラスの捕食者として知られている。
今回は、アザラシ界の異端児『ヒョウアザラシ』の魅力と、ちょっぴり怖い(でもどこか愛らしい)生態を、最新の研究データも交えて徹底的に紹介していきたい!
ヒョウアザラシ
ヒョウアザラシは、食肉目アザラシ科ヒョウアザラシ属というグループに分類される海洋棲哺乳類。唯一の「Hydrurga属」に属する種で、現存する中では一属一種の珍しい存在だ。分類上の最も近縁な仲間は、同じ南極に生息するウェッデルアザラシ、クラベターアザラシ、ロスアザラシたちである。

そもそもアザラシは『食肉目』に含まれる動物なので、遺伝的に「ヒョウやライオン、クマなどと近い生物」だということが分かっている。
つまり、「ヒョウアザラシが肉食動物っぽい」のではなく「ヒョウアザラシ以外のアザラシが肉食動物っぽくない」のだ。実際に彼らの犬歯は最大2.5cmに達し、ペンギンや小型のアザラシを咥えて振り回し、バラバラにして食べる驚異的な捕食スタイルを持っている。
ヒョウアザラシの生息地
ヒョウアザラシの主な生息地は、南極大陸を取り囲む流氷地帯(パックアイス)で、南緯50~80度の範囲に広がっている。氷の上で休んだり、氷縁近くの海中で狩りをする姿がよく観察される。特に西南極域では個体密度が高くなる傾向にあるとされている。

アザラシの仲間は北極に生息するというイメージがあるけれど、実際には北極圏から南極まで世界各地に生息している。ヒョウアザラシはその中でも「氷を好む=パゴフィリック(pagophilic)」な性質を持ち、1年の大半を氷の海で単独生活して過ごす。

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中にはハワイモンクアザラシという熱帯に生息する種類も存在しているが、ヒョウアザラシは極寒の海でも泳ぎ回れる分厚い脂肪層(最大で5cm以上)と、氷に溶け込むような銀灰色の体色で、まさに“南極の支配者”といえる存在だ。
ヒョウアザラシの骨格は、完全にヒョウのそれ
ヒョウアザラシの骨格は名前に劣らずヒョウそのもの。アゴには鋭い歯が並び、開口角度も他のアザラシに比べて異様に大きい。特に上顎・下顎の犬歯は長く、捕まえた獲物を確実にホールドできる形状になっている。

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その姿はまさにヒョウそのもの。ヒョウの骨格標本と見比べてみても、どちらがアザラシのものか素人では見分けが付かないほどだ。とくに頭蓋骨の縦の隆起(矢状稜)が発達しており、筋肉の付着点が広く、強力な咬合力を生み出している。

Klaus Rassinger und Gerhard Cammerer CC BY-SA 3.0
さらに興味深いのは、奥歯(臼歯)の形状だ。魚などを切断するような鋭利な歯ではなく、他のロボドンティーニ族(クラベターアザラシなど)と同様に、複数の突起が並ぶ“ふるい”のような形状をしていて、プランクトンのような小さな獲物を濾し取る機能も備えている。肉食もするが、プランクトンも食べるという「二刀流アザラシ」なのだ。
ペンギンを捕食する肉食獣
北極に生息するアザラシは、シャチやホッキョクグマ(シロクマ)などの天敵に捕食されるものも少なくない。ホッキョクグマの食料の9割はアザラシとも言われている。
しかし、南極で暮らすヒョウアザラシには、ほとんど天敵という天敵がいないそうだ。唯一の天敵として確認されているのはシャチ(オルカ)で、まさに“強者が強者に狙われる世界”である。

ヒョウアザラシは他の生物に襲われないばかりか、ペンギンや海鳥などの鳥類、他のアザラシなどを襲って食べることもあるという。特にアデリーペンギンやジェンツーペンギン、ヒゲペンギンなどが標的になることが多い。

狩りの方法も凄まじい。氷の縁で水中に潜み、ペンギンが飛び込む瞬間を待ち伏せて捕らえる。足を咥えた後は水面に叩きつけるように振り回し、バラバラにしてから食べる。以前は「皮を剥いでから食べる」との報告もあったが、実際は歯で引き裂きながら小さくちぎって飲み込んでいることが近年の観察で明らかになっている。
ヒョウアザラシは、南極における『上位捕食者=北極のシロクマ的な存在』として、食物連鎖の上位に君臨している。
しかし、主食がペンギンなどの鳥類という訳でもないようで、基本的にはナンキョクオオアミ(Euphausia superba)などのプランクトンやイカ、魚類も食べる雑食性の一面も持っている。歯の構造を活かして、クジラのように“濾し取り食い”することもできるユニークなアザラシだ。
意外と巨大…
ヒョウアザラシの大きさはオスで2.8~3.3m。メスはもっと大きく全長2.9~3.6mにも達する。体重は500Kgを超えることもある巨大生物だ。見た目は細長い印象を与えるが、実際に目の前にすると人間が横たわっているよりはるかに大きい。

アザラシの中ではメスの方が大きくなる珍しい種でもあるらしい。ちなみにメスの妊娠期間は約274日(約9か月)と長く、10月~11月頃に1頭だけ赤ちゃんを産む。生まれた直後の赤ちゃんは体重約30kg、母親のそばで1か月ほど過ごした後、独り立ちする。

基本的に人間が近寄っても変に威嚇しない限り襲ってくることはないと言われているが、2003年にはダイビング中の海洋学者キルスティ・ブラウン氏が突然襲われ、死亡するという痛ましい事故も発生している。これはヒョウアザラシによる世界初の人間への致命的攻撃として記録されている。
そしてニョロニョロと長い…
ヒョウアザラシの『なんか違う感』の原因となっているのが、このニョロニョロと長い体つき。他のアザラシがコロンとした丸い体形をしているのに対し、ヒョウアザラシは細長く、まるで巨大なウナギか、未確認生物UMAのようなフォルムをしている。

この独特の体型には理由がある。細長くしなやかなフォルムは、彼らの驚異的な遊泳能力のカギとなっている。筋肉質でしなるような胴体は、水の抵抗を減らし、よりスムーズに獲物へ接近できる構造だ。
アザラシと言われなければ、新種の生物か、伝説の未確認生物のようでもある。実際、南極で出会った探検家たちの中には、初見で“海のモンスター”と誤認したという逸話もあるらしい。たしかにこの風貌、なかなかのインパクト。

このスマートな体つきのおかげもあって、アザラシの中ではトップクラスの遊泳力を持つとされている。一説によると最大時速40kmの速度で泳ぐのだとか。前脚(胸びれ)を器用に使って方向転換を行うその姿は、まるでジェット機のようだ。
ヒョウアザラシが怖すぎる
ヒョウアザラシと他のアザラシたちの最大の違いは、やっぱり見た目の怖さ。つぶらな瞳のゴマフアザラシと違って、ヒョウアザラシの顔つきはどこか無機質で、冷たく、肉食獣の本能を感じさせる。

無表情な感じがなんとなく怖い…。その見た目は「感情が読めない」とも言われるが、実は彼らには高い知能が備わっており、近年の研究では“保存食”のように獲物をあとで食べるために隠す行動も確認されている。

また、観察によると“グルメ”な一面もあり、ペンギンの頭部を残して身体だけを食べる個体もいるという。まるで自分の好みに合わせて“部位食い”しているようで、もはや怖いというより不気味さすら感じる。

ただし、実際には人間に対して攻撃的な意図を持つケースは稀で、むしろ人懐っこい個体がカメラマンに獲物(!)をプレゼントしてきた例も報告されている。そのギャップが余計に怖い…?
アザラシっぽさは可愛らしい
ヒョウアザラシが怖すぎる件について色々と書いてきたけど、慣れてしまえば可愛くも見えてくるもの。散々言ってゴメンな、ヒョウアザラシ。

日光浴を楽しむ姿なんて、ゴマフアザラシのキュートさにも負けてないぞ!と全世界の人々に伝えたい。海に潜ると獰猛な捕食者だけど、氷の上ではまったりとリラックスするその姿は、どこかおじさんの休日にも似ていて親近感が湧いてくる。

…というか、ヒョウアザラシが怖いんじゃなくて、ゴマフアザラシが可愛すぎるだけ。ヒョウアザラシもれっきとした“アザラシ”の仲間。たまにはそのギャップに魅了されてみるのも、アニマルファンの新しい楽しみ方かもしれない。

よくある質問(FAQ)
Q1. ヒョウアザラシは人間を襲うことがありますか?
A. 基本的にヒョウアザラシは人間に対して攻撃的ではありませんが、2003年に南極でダイビング中の女性研究者が死亡するという事故が発生しています。非常に稀なケースですが、野生動物であるため、接近や接触は避けるべきです。
Q2. ヒョウアザラシの主な食べ物は何ですか?
A. ヒョウアザラシはペンギンや他のアザラシを捕食することで知られていますが、主食はナンキョクオオアミ(大型プランクトン)やイカ、魚類です。獰猛な捕食者でありながら、濾し取り型の歯を使って小型生物も食べるという柔軟な食性を持っています。
Q3. ヒョウアザラシはどこに生息していますか?
A. 南極大陸を囲む流氷域に広く分布しています。氷を好む“パゴフィリック”な性質を持ち、1年の大半を氷上や氷縁の海域で単独生活しています。まれにニュージーランドやオーストラリア沿岸でも目撃されています。
Q4. ヒョウアザラシはどれくらい大きくなりますか?
A. 成獣のオスで2.8〜3.3m、メスはそれよりも大きく2.9〜3.6mに達します。体重は最大で600kgを超えることもあり、南極のアザラシの中ではゾウアザラシに次いで2番目に大きい種です。
Q5. ヒョウアザラシは本当に“怖い”アザラシなのですか?
A. 見た目や狩りのスタイルから“怖い”イメージを持たれがちですが、実は知能が高く、観察された中には人間に魚やペンギンを“贈る”ような行動を見せた個体もいます。そのギャップこそが、ヒョウアザラシの大きな魅力の一つとも言えます。