この世界に存在する植物は、動物に食べられてしまうという生態系の最下層に位置している。
だが、彼らだって黙って食べられているわけでは無いのだ。
サボテンのようにトゲを持ち捕食者にケガを負わせる植物もいれば、毒を持つことで天敵を死に至らしめるものもいる。
そんな中でも一番インパクトが強い植物と言えば、通常は捕食者であるはずの動物たちを、逆に食べてしまうという恐ろしい進化を遂げた『食虫植物』だろう。今日は、そんな食虫植物の世界に潜入だ!
食虫植物
まずは「食虫植物ってなんやねん?」という方のために、食虫植物とは一体どんな植物なのか見ていこう。

一言で言えば、食虫植物はその名の通り、虫を食べる植物。
ここで注意しておきたいのは、植物の分類上に『食虫植物科』というようなカテゴリがある訳ではなく、虫を捕食する植物の総称が『食虫植物』だということ。
つまり、世界中の様々な種類の植物の中に、虫を食べることが出来るヤツがいるのだ。

ただ、虫を食べるといっても植物であることに変わりはない。彼らは光合成だってするし、根から水分や栄養も吸収する。
また、食虫植物というとスーパーマリオに出てくるパックンフラワーのようなイメージを持っている人も多いようだが、あそこまでアクティブではない。
実際には彼らのように動き回って捕食するということはできないし、土管から一定の間隔で飛び出してくるなんてありえない。
食虫植物にできることは、ある種の罠を仕掛け、ひたすら虫が引っかかるのを待つことだけ。食虫植物はとても忍耐力のある生物なのだ!
ちなみに、ラフレシアやショクダイオオコンニャクなど見た目から「人食い花」なんて言われる植物も存在するが、その多くは虫を捕食することはない。
なぜ虫を捕って食べるの?
それでは、食虫植物は何故虫を食べるのか?について見ていこう。
食虫植物は、昆虫をはじめとした小動物を罠にかけることで栄養を吸収できる。場合によってはカエルやネズミなども捕らえてしまう強靭な捕食者だ。
この動画では、食虫植物が昆虫などの動物を捕食する瞬間を捉えているのがわかる。※苦手な方は閲覧注意
捕食のイメージが強いことから、虫をパクパク食べているように思えるが、実際にはそこまで頻繁に捕食に成功できる訳でも無いようだ。

先ほども言ったように、食虫植物たちは、れっきとした植物の一種だ。
一般的な植物と同じように、根から土中の栄養を吸収したり、日光を浴びて光合成を行い栄養を作り出すこともできる。
それでは何故、食虫植物たちは動物たちを捕食するのか?その答えは彼らが自生している環境にあった。

食虫植物と呼ばれる『動物を捉えて消化吸収を行う植物』は、世界各地に様々な種類が自生しているが、その多くが土中の窒素やリンなどが不足している痩せた土地に生えている。
光合成に必要な量の日光や水分、大部分の栄養は足りているのだが、一部の栄養が足りないのだ。そこで、食虫植物たちは動物を捕食して養分を補うという能力を得た。
栄養の不足した痩せた土地で生活していくことが出来れば、他の植物達とテリトリーを奪い合うことな繁殖ができる。
おとなしく生えているように見える植物達も過酷な生存競争を続けているのだ。
食虫植物の罠の仕組み
世界には様々な食虫植物が存在するが、その種毎に様々なトラップを持っていることが分かっている。
ここでは、代表的な食虫植物が持っている『4種類の罠』を紹介しよう。
落とし穴式 -ウツボカズラ科・サラセニア科など
食虫植物の中でも人気の高いウツボカズラやサラセニアなどは、動物を自らの捕虫袋に落とし込むことで捕食する【落とし穴方式】のトラップを持つ。

上部に穴の開いた奇妙な形の葉が付いているが、この葉は袋状になっており、内部の3割程度まで消化液の混じった水が溜まっている。
この袋は捕虫器と呼ばれるもので、中に落下してしまった不運な虫などをじわじわと溶かしながら栄養を吸収することが可能なのだ。

一部の種では虫を誘い込むため、蜜の匂いを発してハエなどの昆虫をおびき寄せたりもする。
捕虫袋のフチの周りはググっと反りかえっており、そこに止まった虫が足を滑らせやすくなっている。ひとたび足を滑らせてしまうと、ツルツルした袋の内側に足を取られて消化液の中に落ちてしまうという仕組みだ。
落とし穴式の食虫植物は、数ある食虫植物の中でもかなり大型になる種類が多く、カタツムリやネズミなども捕まえてしまう事で知られている。
ちなみに、ウツボカズラの上部についているフタのような葉は、雨水が捕虫袋入りにくくする構造をしているだけなので、「虫が入ったら閉じる」というような動作はしない。
だが、近年の研究によると、ウツボカズラの葉の下で雨宿りをしている虫がいるときに雨水が上部の葉に当たると、衝撃によって葉が虫を叩きつける形となることがわかった。
自ら葉を動かすことはないが雨という自然現象を利用することで、獲物を袋の中に落とし込む効果があるようだ。
粘着式 -モウセンゴケ科・タヌキモ科ムシトリスミレ属など
次に紹介するのは、虫を粘液でくっ付けてしまうという、とてもシンプルな【粘着方式】の食虫植物。

粘着式の食虫植物は、粘液滴を持つ腺毛を持っており、偶然葉の上に止まってしまったハエなどを粘々の粘液でくっ付ける。
一部の種では虫がかかった葉が、『ぐにゃ』っと湾曲して虫を絡めとるように確実に仕留めることもできる。

粘着方式の食虫植物は、湿潤でありながら栄養の乏しい『痩せた土地』に自生していることが多い。つまり、他の植物との競合は少なくなるが、栄養を虫に頼らざるを得ない状況なのだ。
貴重なエネルギーを大量に使ってでも捕食のチャンスを絶対に逃がさないように、確実に獲物を捕らえる能力を選んだのかもしれない。

食虫植物というと、少し不気味な形をしているイメージが強いのですが、タヌキモ科のムシトリスミレという種類は、スミレによく似たなんともきれいな花を咲かせる。
思わず見とれてしまうような綺麗な花だが、この写真を良くみると、ちゃっかり葉の上に虫を捕まえているのが分かる。
そのギャップが余計に不気味だ・・・。
挟み込み式 -モウセンゴケ科ハエトリグサ属など
次は食虫植物の中でも一番有名と言っていいほど人気の高い【挟み込み方式】の食虫植物。
挟み込み式の食虫植物はハエトリグサ属の一種のみしか確認されていないため、挟み込み式の食虫植物=ハエトリグサと言っていいだろう。
ハエトリグサは、虫がかかった瞬間に、動物が食事をするかのようにパクっと葉を閉じて獲物を挟み込む。
口のように見える葉の内部には、センサーのような感覚毛が3~4本生えており、獲物が2回センサーに触れた瞬間、葉を閉じて動けないようにするのだ。
そして、獲物を完全に閉じ込めてしまってから、ゆっくり消化液を出して栄養を吸収していく。
感覚毛が獲物を検知してから約0.5秒で葉を閉じることができる。
ここまで大胆に動く食虫植物は、ハエトリグサだけかもしれない。

その見た目から、アニメなんかに登場する人食い植物のようなイメージがあるが、これほど素早く葉を動かすためには相当のエネルギーを消費してしまう。
彼らは獰猛な捕食者ではなく、命がけのサバイバーなのだ。
袋わな式 -タヌキモ科タヌキモ属など
最後に紹介するトラップは、動物を袋に吸い込んでしまう【袋わな方式】。

タヌキモ属の植物は、日本でも湖などで見かける一見どこにでもある水生植物だが、彼らもプランクトンなどを捕食する食虫植物だ。
タヌキモ属の茎や葉には捕虫嚢と呼ばれる袋が付いており、捕虫嚢にミジンコや小型のボウフラなどを吸い込むことによって捕食することができる。
なんだか地味なトラップに感じるが、この袋わな方式の捕食方法は、ほかのどんな食中植物よりも合理的でシステマチックといえる。
捕虫嚢の中は常に水が排出された状態を保っており、外部環境より水圧が小さい状態になっている。
普段は水が入ってこないように袋の入り口は固く閉ざされ、獲物をじっと待ち続けるのだ。
プランクトンを捕食するための仕組み
その後、偶然近くに来てしまったプランクトンが捕虫嚢から伸びた感覚毛に触れてしまうと、袋の入り口のロックを解除する。
すると、外部と袋内の圧力の差によって、周辺の水が獲物とともに袋内に流れ込むことになる。
そして、袋内に水が溜まってしまうと外部との水圧差が均等となり、自動で扉が閉じてしまう。こうなってしまうと逃げる事は出来ない。
あとは、袋内の水を排水しつつ、ゆっくり消化吸収を行うのだ。

ちなみにタヌキモ属は世界中に分布している植物で、日本全国でも見つけることが出来る。
「日本には食虫植物なんていない!」というイメージを持つ人も多いようだが、意外と近所の湖などでも食虫植物を見つけることができるだろう。