長い牙を持ち、獰猛で強靭。サーベルタイガーと呼ばれるその生物は、まるで現在のトラのような見た目の生き物です。
残念ながら、人間が文明を築く前に絶滅しており、その生態は謎に包まれたままですが・・・とにかく見た目がかっこいい!
今回は、そんな『サーベルタイガー』について、現在分かっている情報や説についてまとめました。
サーベルタイガー
からだの特徴
サーベルタイガーというと画像のような牙の大きな虎を想像する方が多いと思いますが、実はサーベルタイガーという種類の動物は存在しません。
一つの動物の名前ではなく、約300万~1万年前に生息していたネコ科の肉食獣グループの総称なのです。つまり、単体の種類を示す名前ではなく『恐竜』や『犬』といったような動物のグループ全体を指す言葉です。
どこからどこまでを『サーベルタイガー』と呼ぶのかについては明確ではなく、辞書などで調べても『8000年前に絶滅した・・・』という記述や『10万年前まで生息していた・・・』と見解が分かれています。
この記事では『マカイロドゥス亜科』というグループを『サーベルタイガー』としてご紹介します。どこまでをサーベルタイガーと捉えるかで10万年前には絶滅したとする説もあります。
長い牙

サーベルタイガーといえばやっぱり長い牙。今のネコ科の動物とは比べ物にならないほどの長い牙を持っていたことが化石などから分かっています。
この見た目から『サーベル=短剣』+『タイガー=虎』という名前が付けられました。ちなみにサーベルタイガーは日本語で『剣歯虎(けんしこ)』といいます。
いかに長い牙が特徴的かわかる命名ですね。
ただし、サーベルタイガーと呼ばれる動物全てが長い牙を持っていた訳ではなく、種類によっては牙の短いものなどもいたようです。
強靭な上半身

サーベルタイガーは、現在のネコ科の動物である『ライオン』や『トラ』などと比べてみても、異常に発達した強靭な上半身を持っていたと言われています。
初期の原始的なサーベルタイガーは身体も小さくしなやかな体格でした。今で言うならチーターのような体型でしょうか。
しかし、進化を重ねるにつれ、胸郭は前端が細く後端が広がった樽型になり、肩は大きな筋肉を付ける為に面積が広くなっていきます。
その一方で脊椎は徐々に短くなり、ネコ科にしてはアンバランス体型へと変化します。これはライオンやトラというよりも、現在のクマに近い骨格だそうです。
太く大きな前足によって、獲物を抑え込む力は強かったようですが、その割りに後足の筋力が弱く、あまり早く走れなかったという説が有力です。
サーベルタイガーの分類と種類
現在のトラ。見た目はサーベルタイガーに似ている気もしますね。
サーベルタイガーはその見た目から、現在の「トラ」に近い種類だと考えられていました。
しかし、2005年に行われたDNA解析では『現在のネコ科の祖先とは早い時期に枝分かれした種』ということが分かりました。
つまり、『トラ』や『ライオン』と同じネコ科のルーツを持ってはいるけど、ネコ科の序盤に枝分かれして独自に進化を遂げた全くの別物という訳です。
これにより、長い間「トラに似た模様を持っており、狩りや生活もトラのようなものだった」という説が有力でしたが、この仮説は『見た目から想像された全く根拠のない説だった』ということが証明されました。
現在でも『サーベルタイガー』や『剣歯虎』と、トラを連想するような名前で呼ばれてはいますが、実際には分類上も生態も『現在のトラ』とは全く違ったようです。
サーベルタイガーの生息時期と生息地
冒頭でもお話ししたように、サーベルタイガーは現在絶滅しており、その生態については化石などから推測するしかありません。
しかし、そのビジュアルのカッコ良さから多くの映画などに登場しているため、今もジャングルの奥に生息していると勘違いしている方も多いようです。
それでは、サーベルタイガーが生きていた時代と生息地について見ていきましょう。
生息時期
サーベルタイガーの生息時期を調べてみると、研究者や解説者によって様々な意見があるようです。
これは「研究の結果、新しい説が有力になった可能性」や「無数にある説のどれを取り上げるか」によっても変わってきますが、どこからどこまでをサーベルタイガーとするかによっても大きな差が出てしまいます。
そこで、今回はマカイロドゥス亜科をサーベルタイガーとして考えてみましょう。
マカイロドゥス亜科 (Machairodontinae) は、中新世から更新世まで(2300万年前から1万1000年前まで)の地層から発見されています。
中新世は恐竜の時代が終わりポッカリと空いた生態系を埋めるように哺乳類と鳥類が繁栄してきた時代です。
この時期には、オオカミ類、ウマ類、ビーバー類、シカ類、ラクダ類、カラス類、カモ類、フクロウ類など、現在の動物により近い生き物たちが繁栄してきました。
さらに、この時代には恐竜の時代には無かった、草原を作るような『草』が出現していました。
『草』は本来食べるのに適さないものですが、咀嚼(噛むこと)によって草を食料とすることに成功した草食の哺乳類たちがたくさん現れたのです。
そうなってくると、その草食動物を食べようとする肉食の動物も生まれてきます。サーベルタイガーもその一種ということになります。
また、ヒトが出現し始めたのもこの時期といわれています。
映画などでは、人間とサーベルタイガーが戦っているシーンなどがあり、フィクションのように思われがちですが、実際にヒトとサーベルタイガーが戦う場面もあったのかもしれません。
生息地
サーベルタイガーの化石はアジア・アフリカ・北アメリカ・南アメリカ・ヨーロッパの各地で見つかっています。
サーベルタイガーが生息していた時期には、大陸もほぼ現在の形になっていたといいます。
つまり、世界各地で繁栄していたという事が分かると思います。
サーベルタイガーの絶滅の原因は?説と考察
サーベルタイガーは食物連鎖の上部に位置する『強い生物』だったと考えられています。
その圧倒的な力により、数百万年もの間、進化・繁栄し続けましたが、1万年ほど前には姿を消してしまいます。
サーベルタイガーはなぜ絶滅してしまったのか・・・・?
この疑問については未だに学者の間でも意見が分かれており、はっきりとしたことは分かっていませんが、中でも有力だと言われている説をいくつか紹介したいと思います。
捕食対象が少なすぎた説
一説によると、サーベルタイガーは足が遅く持久力も無かったため、動きの遅い大型の草食動物を専門的に捕食していたといいます。
当時の地球は寒冷化が進んでおり、それまでは大規模に広がっていた草原が徐々に失われつつあったそうです。
つまり、草食動物の食料が少なくなり、草食動物たちの個体数が減少・・・。それは肉食動物の捕食対象が少なくなることを意味します。
現在も生き残っている肉食動物の祖先たちは、様々な草食動物を捕らえることができたため生き延びることに成功しました。
しかし、サーベルタイガーは、一部の動物を狩ることに特化した『独特な進化』を遂げすぎていたがため、捕食対象を変えることが出来ずに餓死していったのです。
人による乱獲説
サーベルタイガーが絶滅したと思われる年代には、すでに我々の先祖である人類が繁栄しつつありました。
そのことから一部では「人類が毛皮を求めて乱獲したために絶滅したのではないか?」という説も存在します。
確かに、私たち人類は、乱獲により多くの野生生物を絶滅させてきました。
ただし、この説については、人類とサーベルタイガーの生息範囲が異なる点などから否定的な意見も多いようです。
実は生き残っている説
少しオカルト的な話ではありますが、サーベルタイガーは絶滅せずに生き残っているのではないか!?といった説もあるようです。
中央アフリカの山岳地帯で多数の目撃報告がある「ヴァッソコ」という大型の肉食獣。現在では正式に認められていない生物、いわゆるUMA(未確認生物)です。
ヴァッソコを目撃した人々は、その姿を「ライオンのようだった」「巨大なネコを見た」と言っており、目撃者によって少しずつ表現が違います。
しかし、全員の主張が共通しているのが「長い牙を持っていた」という部分です。
現在の動物の中には、サーベルタイガーほど長い牙を持っているものは確認されていないため、「このUMAがサーベルタイガーの生き残りではないか?」と主張する人々も多くいます。
ただし、目撃例の多い中央アフリカの山岳地帯では、サーベルタイガーの化石が見つかっておらず、生き残り説どころか『サーベルタイガーはこの地域に生息していなかった』という説の方が有力なようです。
サーベルタイガーの狩りと食べ物
サーベルタイガーはどのように狩りを行い、何を食べていたのでしょうか?
残念ながら、これらも多数の説があり、確実な答えは出ていないのが現状です。
そこで、有力といわれている説・かつて有力だった説をいくつか紹介します。
大型草食動物のみを狙っていた説
サーベルタイガーはその骨格から、持久力に乏しいパワーファイター型だったという事が分かっています。つまり、ガゼルのような逃げるスピードの速い草食動物は捕食対象とはなりえなかったのです。
アメリカ・テキサス州の洞穴で、およそ400体分の若いマンモスの化石が、ホモテリウムというサーベルタイガーの化石とともに発見されました。
このことから、サーベルタイガーが子供のマンモスを狩った後で、敵のいない洞穴まで持ち運んだのではないかと言われています。
現在のライオンも、弱ったゾウなどの大型動物を捕食することがあるため、サーベルタイガーがマンモスを捕食対象としていてもおかしくはありません。
しかし、後述する『サーベルタイガーの歯はかなり脆かった』という説が有力になってからは、大きなマンモスを洞穴まで引きずっていく際に、歯が破損していないのはおかしいとして大きな論争を巻き起こしました。
スカベンジャー説
スカベンジャーの代表格ともいえるハイエナ
『大型動物を狩っていた』という説がある一方で、サーベルタイガーの従来のイメージからは程遠い新たな説も登場しました。
サーベルタイガーは『スカベンジャー』・・・つまり、『死肉食者』だったのでは?という説です。
実際に現在のライオンやハイエナなど、多くの肉食獣も他の動物が食べ残した死体を食べることがあります。
病気や怪我で動けなくなった捕食対象がいれば、生きていようが死骸だろうが積極的に捕食するそうです。
それまでは獰猛な肉食獣のイメージが強かったサーベルタイガーですが、研究の結果、持久力に欠けることや牙が脆かったことが分かってきたことから、現在ではこの説はかなり有力視されています。
しかし、サーベルタイガーの歯を現在のスカベンジャーと比べてみると、ハイエナのように骨をかみ砕く機能が強いわけでも無く、むしろ、チーターのような肉を切り裂く機能に優れていたようです。
このことから、『現在の肉食獣同様、狩りをしつつ死肉食も行っていたと考えるのが妥当』という意見が多いようです。
奇襲&待機作戦説
それでは、少し視点を変えて、サーベルタイガーがどのように狩りを行ったのか?という説を見てみましょう。
まずは『奇襲&待機説』です。
サーベルタイガーは持久力に乏しかったため、獲物を追いかけて捕らえることは難しかったと言われています。
そこで、俊敏な動物を狙わずに、動きの遅い草食動物をガリっと噛み、失血死するのを待ったのではないか?という説が唱えられました。
長い牙を使い、喉元や腹部に深い傷をつけることが出来れば、放っておいてもそのうち失血死します。動物が死んでしまうのを待ってから、ゆっくりと捕食したというのです。
しかし、この説では「傷付いた動物が血を流しながら長時間暴れまわることで他の肉食獣をおびき寄せてしまう。」という欠点があります。
そうなってくると、ほかの肉食獣との獲物の奪い合いに発展する懸念があるため、この説を否定する学者も少なくありません。
喉締め説
次は『喉締め』説です。
サーベルタイガーといえば長い牙ですが、サーベルタイガーの牙はとても脆いという事が分かりました。
しかし、必要がなければ長い牙に進化することなどあり得ません。
そこで、『サーベルタイガーは牙を喉元に突き刺して使ったのではないか?』という説が生まれました。
あれだけ長い牙であれば、獲物の喉を噛んだ際に気管にまで到達させることが出来ます。これにより失血死を待つよりも素早く窒息させることが出来ます。
仮に、気管にまで牙が届かなかったとしても、喉周りには太い血管が多いため失血死することも期待できるのです。
実際に現生するチーターなどのネコ科の動物も『喉締め』による狩りを行っているため、有力とされていました。
しかし、長い牙を暴れる獲物に刺したままにすることは牙の破損につながるばかりか、チーターなどが行っているように『気管を圧迫』出来ればいいだけなので「長い牙であることのメリットの方が少ないのでは?」との反論も多いようです。
一撃必殺説
今までの説では、サーベルタイガーの長い牙によるメリットを、ことごとく反論されてきました。
そこで紹介したい最後の説は『一撃必殺』説です。
この説によると「サーベルタイガーは獲物の喉にある4つの主要血管を一咬みで傷つける事ができる特別な幾何学的配置を持っていた」というのです。
つまり、必殺仕事人の暗殺やケンシロウが秘孔を突くように、獲物の大きな血管を「ブスリ」と一撃で突き刺すことが『本能的』にできたのではないか?という事になります。
動物が変われば血管の位置も変わってしまうため、サーベルタイガーはある一定の種のみを専門的に狩っていたことでしょう。
もし、この説が正しいとするならば、『サーベルタイガーが専門的に捕食していた草食動物が絶滅したことにより、他の草食動物を捕食することが出来ないサーベルタイガー自身の絶滅に繋がった。他の肉食獣たちは色々な動物を狩れた事で生き残れた。』という絶滅の原因とも繋がってきます。
ちょっと行き過ぎた説にも感じますが、あり得ない話でもないようです。
サーベルタイガーの歯は脆い??
近年では「サーベルタイガーの歯は脆かった」という説も有力とされているようです。詳しく見ていきましょう。

最大で25㎝にもなるサーベルタイガーの長い牙。とても太くて強いイメージがありますが、実際にはかなり脆かったことが分かっています。
というのも、サーベルタイガーの牙は先端に行くにつれて細く薄くなっています。この形状から、ポキっと折れてしまう可能性が高かったようです。
薄く鋭いという事から「ナイフのような使い方が出来た」という説も唱えられており、腹部などの柔らかい部分で狩れば噛みつかずに切り裂くことが出来たのではないか?といわれています。
また、顎の力も極端に弱かったことも分かり、現生のネコ科の動物に見られるような『下あごと上あごで挟んで噛みつく』という攻撃ではなく、『首の力で頭を振り下ろして牙を突き刺す』という攻撃方法をとっていたのでは?との説も有力視され始めました。
どちらにせよ、サーベルタイガーの牙は脆かったということで少しだけ残念な気持ちになってしまいますよね。
まとめ:分からない事いっぱい!
かつては最強の肉食獣!といったイメージの強かったサーベルタイガーでしたが、実際には誤解されていた部分も多くわかってきました。
勝手な想像から生まれた従来の説が、最新の研究で否定されてきており、今後もどんどん解明されていくものと思われます。
今はまだ分からないことが多いですが、これからどんなことが分かってくるのか・・・とてもワクワクしますね!