鮮やかな身体に巨大な身体。現生の動物とは思えない見た目のヒクイドリ。
怒らせてしまうと強烈なキックをお見舞いすることから「世界一危険な鳥」とも言われています。
今回は、ヒクイドリの特徴と生態、意外な子育ての方法などについて紹介します。
ヒクイドリ
ヒクイドリはヒクイドリ目ヒクイドリ科に属する大型の鳥類です。最大体重は85kg、全長は190cmにも達します。

首から頭部にかけて赤や青などの鮮やかな体色を持っており、まるでゲームに出てくるモンスターのよう。

頭部には巨大なトサカもついています。
身の危険が迫ると強靭な脚力を使ったキックを繰り出すことでも知られており、このことから「世界一危険な鳥」と言われています。
ヒクイドリの名前の由来
ヒクイドリは漢字では『火食鳥』と書き、その名の通り『火を食べる鳥』という意味があります。

この名前の由来については諸説ありますが、『喉から垂れ下がった皮膚が赤いため、火を食べているように見える』という説が有力です。
また、かつては『ヒクイドリは真っ赤に燃えている石炭を食べるから』とも言われていたこともありますが、もちろん、そのような習性は確認されていません。

鳥類は消化を助けるために小石を飲み込む習性があり、この話が誤解を招いて「石炭を食べる」と勘違いされたのかもしれません。
ヒクイドリの特徴
それでは、ヒクイドリの身体の特徴について、さらに詳しく見ていきましょう。
赤い喉とトサカ
ヒクイドリの身体で最も目立つのは、やはり色鮮やかな頭部。

顔と喉は明るい青色で、喉からは2本の真っ赤な肉垂が垂れ下がっています。どちらかというとニワトリのようですね。
また、頭頂部には骨質のトサカがついています。このトサカには蒸し暑いジャングルの中で体温を下げる効果があり、ヘルメットの役割も果たしていると考えられているそう。鳥だけに一石二鳥ってか
世界最重量級の体重
ヒクイドリはダチョウのように走ることしかできない「飛べない鳥」です。

ヒクイドリの成体はオスとメスで体格差があり、メスの方が大きく育ちます。
メスの体重は約58kg程。オスの体重はメスよりも大幅に軽く約29-34kg程度です。
個体の違いや、オスとメスの違いにもよりますが、ヒクイドリの体重は現生の鳥類の中ではダチョウの次に重いと言われています。世界第2位の重さの鳥です。

現在は絶滅してしまったモア
ちなみに、ニュージーランドに生息していた『モア』とアラビア半島の『アラビアダチョウ』が絶滅して以降、アジアに生息する鳥類の中では最大の種となりました。
ヒクイドリの鳴き声
見た目が奇抜なら鳴き声も変わっているのでしょうか?
こちらの動画にヒクイドリの鳴き声が録音されています。
ヒクイドリは普段はあまり鳴かないそうで、頻繁に鳴きはじめるのは繁殖期に入った証。
鳴き声はオスとメスで異なり、オスは『ヴォ、ヴォ、』と短い鳴き声が特徴的です。
一方、メスの場合は『ヴォォォォー』と空気が震えるような低音で鳴きます。メスの鳴き声は、ライオンなどの猛獣の唸り声に似ているそうです。
鮮やかな体色は恐竜譲り?
一説によると「恐竜もヒクイドリのような鮮やかな色だったのではないか?」といわれています。

近年では『恐竜の一部は大量絶滅期を生き残り、現在の鳥に進化した』という説はほぼ確実とされており、「恐竜の色はヒクイドリのようなカラフルだったのではないか?」と考える人も多いのです。

鳥の祖先が恐竜だなんて信じられませんが、ヒクイドリやダチョウなど走鳥類の足を見てみると、まさに恐竜そのもの!
もしかすると、凶暴なティラノサウルスも、こんな鮮やかな見た目だったのかもしれませんね。
ヒクイドリの分類
ヒクイドリは、ヒクイドリ目という大きなカテゴリの中のヒクイドリ科というグループに属しています。

ヒクイドリ目エミュー科に属するエミュー
ヒクイドリ目は『ヒクイドリ科』と『エミュー科』の2つのグループからなり、ヒクイドリの他にエミューと呼ばれる大型の鳥類も属しています。
※分類によってはエミュー科をヒクイドリ科に含めてヒクイドリ亜科とする場合もある。

エミューの見た目はダチョウに似ていますが、ダチョウとは全く異なる進化を遂げた鳥だと考えられており、ダチョウよりもヒクイドリに近い種類だと考えられています。
ヒクイドリの分類は二転三転
先ほど、ヒクイドリはヒクイドリ目に属すると説明しましたが、ヒクイドリの分類については諸説あり現在でも文献によってはダチョウ目とされる場合も多いようです。
生物の分類の歴史の中でも、ヒクイドリの位置付けは二転三転してきました。
1979年、ドイツ出身の生物学者で鳥類学の権威でもあった『エルンスト・ウォルター・マイヤー』は、ヒクイドリ目などの4つの目を一つに統合し『ダチョウ目』とすることを提唱しました。
これにより、長い間「ヒクイドリはダチョウ目の生物である。」とされてきたのです。

しかし、研究の進歩によって、このダチョウ目は単系統(共通祖先を持つグループ)ではないことが判明しました。
こうして、近年はダチョウ目とヒクイドリ目を再び分割して考えるようになったのです。
ダチョウとヒクイドリの違い
現在のヒクイドリ目には、同じ大型の鳥類である『ヒクイドリ』と『エミュー』が属しています。

この2種類の鳥は姿や生活スタイルこそダチョウに似ている点が多くありますが、ダチョウとは異なる進化を遂げたとされています。
ダチョウとヒクイドリ達の共通点としては、飛ぶために必要な胸筋を支える竜骨突起という骨が無いこと。また、巨体に対して翼が貧弱であり、飛ぶための機能を持ち合わせていないことなどが挙げられます。
一方で、全く異なる点も多く、一番わかりやすいのが指の数。ヒクイドリとエミューの脚の指は3本ですが、ダチョウの脚の指は2本しかありません。

こちらはダチョウ。よく見比べてみるとエミューとは全然違う。
このことから、指の数が少ないダチョウの方がより原始的な特徴を残していると考えられているそうです。
ヒクイドリの生態
ヒクイドリは世界一危険な鳥だとご紹介しましたが、普段はどんな生活をしているのでしょうか?ここではヒクイドリの生態について見ていきましょう。
ヒクイドリの生息地
ヒクイドリが生息しているのは、オーストラリア大陸・ニューギニア島・タスマニア島・ヤペン島など。

これらの島々を中心に周辺の孤島でも生息が確認されています。
暖かい気候に恵まれたこれらの国々には広大な熱帯雨林が広がっており、そのジャングルの中でヒクイドリは生活しています。

かつてはもっと広い範囲に生息していたと考えられていますが、人間による乱獲や生息地となる熱帯雨林の減少によって個体数が激減しているそう。
一説によると、現在の環境では、ヒクイドリのヒナが生まれても生き残るのは困難であり、大人になれるのは全体の1%程だと言います。
ヒクイドリの食性
「危険な鳥」というくらいなので、ネズミなどの小動物を捕まえる肉食性なのかと思いましたが、意外にもヒクイドリの食性は果実を中心とした雑食性。
地面に落ちている果実を探してはパクッと丸呑みするそうです。握り拳ほどもあるような大きな果実も種ごと飲み込んでしまうとか。
ヒクイドリが好んで食べるカサワリフルーツという果実
また、かなりの食いしん坊らしく、1日に5kgものエサを必要とします。5kg分の果実なんて簡単には見つからないので毎日20kmも歩いて探し回ります。コスパが悪いですね。
さらに、毒に対する耐性も強く、他の動物が食べることができない植物であっても平気な顔で食べてしまうようです。オーストラリアの動物って、やたらと毒に強いよね・・・
その食性は森林を再生する効果も
先ほど「ヒクイドリは地面に落ちた果実を丸呑みしながら20kmも歩き回る」と説明しました。
このヒクイドリの生態、実は森林の活性化を促しているのです。

ヒクイドリは果実を壊さずに丸呑みするため、果実の中にある種子は壊されること無くフンとともに排出されます。
ご存知の通り、動物のフンは肥料として利用されるほど栄養が豊富です。つまり、ヒクイドリに食べられた種子は栄養とともに種まきされているようなもの。
その結果、ヒクイドリに食べられた種子は恵まれた環境下で発芽することができるのです。
また、ヒクイドリが食べる果実は地面に落ちたものであるため、すでに発芽の準備が整っていることも重要なポイントですね。

さらに、ヒクイドリは1日に20kmも移動するため、種子を遠くまで運んでくれるなんて効果もあります。
生息範囲を広げたい植物と果実をたくさん食べたいヒクイドリは、まさにwin-winの関係にあり、自然の活性化につながるというわけです。
ヒクイドリの性格と危険性
ヒクイドリの特徴や生態について紹介してきましたが、見た目はともかく、生態を見る限りでは「世界一危険な鳥」という印象は受けません。

ヒクイドリは本当に危険な鳥なのでしょうか?
ここでは、ヒクイドリが「世界一危険な鳥」と言われる理由と、その危険性について見ていきましょう。
世界一危険な鳥と言われる理由
「ヒクイドリは世界一危険だ!」と言い始めたのが誰だったのかは分かっていませんが、これほどまでに広く知られることとなったのは、ギネスブックに掲載された事が理由でしょう。
ギネスブックとはご存知の通り「世界中のありとあらゆる『世界一』が掲載された書籍」のこと。ギネスワールドレコーズという団体が運営・認定を行っている『ギネス世界記録』に認められた様々な記録が掲載されている本です。
これは『世界一、エルヴィス・プレスリーの物真似を一度に多くの人がした』時の写真。なにしとんねん
ギネスブックには、動物に関しての『世界一』が紹介されることも多く、過去にはヒクイドリが『世界一危険な鳥』として掲載されたことがあったのです。
これによって、ヒクイドリ=世界一危険な鳥というイメージが定着したものと思われます。
強烈なキックができる脚力
では、ヒクイドリはどの辺りが危険なのでしょうか?
その答えはヒクイドリの持つ強靭な脚力にありました。

ヒクイドリは体重50kgを超える巨体でありながら、時速50kmで走ることができるといいます。
この走行を支えるのが、2本の頑丈な脚。脚には硬い鱗がビッシリと並んでおり、まるで恐竜のよう。さらに、3本の脚の指には、最大12cmにも達する刃物のような鉤爪が付いています。
この脚力を利用した強烈なキック力と、鋭い鉤爪による引っ掻き攻撃は、成人男性であっても命を奪われる可能性もあるのだとか。
こちらの動画を見ると、その威力が分かります。鉄板曲がってるし…
過去には、ヒクイドリを叩きのめそうとしていた16歳の少年が、ヒクイドリの反撃に遭い死亡するという事件も起きたとか。
ヒクイドリを怒らせてしまい、勢いの付いた強烈なキックを受けてしまえば一撃で致命傷を負ってしまいます。
本当は臆病な鳥?
世界一危険な鳥という肩書きを付けられてはいるヒクイドリですが、本来ならば用心深くて臆病な性格だと主張する人も多くいるようです。
ヒクイドリが好戦的になるのは、身の危険を感じた場合だけ。逃げられない状況だと判断した場合や、テリトリーを侵された場合にのみ、臆病な性格が一転し攻撃的になるのだそう。
もし、ジャングルの中でヒクイドリにバッタリ出会ったとしても、こちらからちょっかいを出さないようにしたいものですね。
ヒクイドリの子育て
ヒクイドリの話題となると「危険な鳥である。」という話になりがちですが、個人的にはヒクイドリの子育ての方法が面白いと思っています。
ここでは、ヒクイドリの子育ての方法について見ていきましょう。
メスが求愛する鳥類
ヒクイドリは基本的に群れをなさない単独性の鳥類ですが、6月から10月にかけての繁殖期になると、つがいで行動するようになります。

ここで面白いのが、求愛行動を行うのがメスだということ。メスがオスを誘う仕草を行い、オスが気に入らなければパートナーは成立しません。多くの動物たちとは正反対の行動です。
さらに、フラれてしまったメスは突然縄張り意識に目覚めてしまうらしく、自分を拒絶したオスを追いかけ回すそう。
体格の小さなオスは逃げ回ることになります。フってしまうと追いかけ回されるだなんて、オスが不憫で仕方ありません。
自由奔放?メスは複数のオスと関係を持つ
めでたくカップルが成立すると、産卵の準備に取り掛かります。
繁殖期に入ったオスは草を持ち運び、地上に厚さ5-10cm、幅最大1mの巣を作ります。体が大きな分、巣も巨大です。

ヒクイドリの卵
産卵時期に達したメスは、オスが作った巣に10cmを超える大きさの卵を3-4つほど産むと、すぐにその場を立ち去ります。

なんと、すぐに別のオスを探しに向かうのです!
年間3-5羽のオスと交尾をして周り、その分産卵も行うそう。
交尾後に別のメスを探し始めるオスは珍しくありませんが、メスがオスを引っ掛け回すのは珍しいですよね。
イクメン!オスが子育てをする
母鳥がいなくなった後、卵の面倒を見るのはオスの役目。
ヒクイドリの父親と子供たち
卵の父親となったヒクイドリのオスは、卵の上に乗って卵を温め続けます。
卵を食べようと忍び寄る天敵を追い払いつつ、卵が孵るまでの約50日間、卵を守り続けます。
十分な栄養も得ることが出来ないヒクイドリのオスは約5kgも痩せてしまうこともあるそう。

苦労の末、めでたく生まれたヒナは産毛もなくトサカは生えかかった程度。天敵であるオオトカゲから逃げ回ることもままなりません。
ヒクイドリのオスは卵が孵った後、約1年もの間、全力でヒナを守り続けるのです。
オスが子育てをするといえばタツノオトシゴが有名ですが、彼らは妊娠までしちゃうので上には上がいますね。
ヒクイドリは日本の動物園でも見れる!
今回はヒクイドリという鳥について色々書いてみましたが、海外のサイトなどを読んでみると、まだまだ面白い生態の話が転がっているようです。
「こんな不思議な鳥がいるのか!是非見てみたい!」という方もいるかもしれません。
以前紹介したカモノハシなんかはオーストラリアに行かなければ見れませんでしたが、ヒクイドリは全国でもちょこちょこ飼育している動物園があるので気軽に見に行けますね!