『死』というものは全ての生物に平等に訪れる。悲しい事ではあるが珍しい事ではない。
ただ、「成長しすぎた自らの牙が自分の脳天に刺さって死ぬ。」なんて死因は珍しいのではないだろうか?
今回紹介する『バビルサ』という動物は、「成長するにつれて自分の牙が自分の脳に向かって伸びてくる。」という悲しい運命を背負った生物だ。
バビルサ
バビルサとは、イノシシ科バビルサ属というグループに分類されるブタやイノシシのような生き物だ。

体長は85-105cm程。体毛は少なくイノシシとブタの中間のような見た目だ。
バビルサという名前は、現地の言葉で『豚を意味するバビ(babi)』と『鹿を意味するルサ(rusa/roesa)』を合わせたものだ。
鹿のような角を持つ豚という意味だと思われるが、正確にはバビルサの角のような物は牙である。

頭に向かって湾曲しながら伸びる牙が「頭に刺さって死に至る」という話が広まったことから、『自分の死を見つめる動物』と呼ばれている。
バビルサの生息地
バビルサが生息するのは東南アジア南部に位置するインドネシア。スラウェシ島を中心に周辺の島々に分布している。
赤道からほど近いスラウェシ島にはうっそうとした熱帯雨林が広がっており、川や湖の岸などの水場がバビルサ達の生活の場となっている。
ちなみに、水辺や湿地帯では泥を浴びることによって体についた寄生虫を取り除く。
バビルサの牙
バビルサの特徴といえば、やはり湾曲した2対の牙だろう。上下の犬歯がとても発達しており、頭部めがけて湾曲しながら伸びていくのだ。
上顎犬歯に至っては、通常であれば下に伸びるはずの上あご犬歯が上に向かって伸びているのだ。上に伸びた牙は鼻の上の皮膚を突き破り、頭部に向かって飛び出すという奇妙な生え方をしている。
この牙が何のために存在しているのか、なぜこれほどカールして生えているのか、はっきりとしたことは分っていない。
一説によると、この牙は性的特徴としての役割を果たしているのだそうだ。牙が発達してるのはオスだけだという事が分かっている。
牙が折れているオスよりも、牙が立派なオスのほうがよりメスと交尾できるというのだ。
そのため、オス同士は喧嘩をすることで相手の牙を折ろうとするらしい。長い牙は強さの象徴ということだろうか?
バビルサの特殊な解毒能力
バビルサは雑食性で、果実や昆虫のほか、パンギノキなどの青酸化合物が含まれた有毒な新芽や葉を食べることでも知られている。通常は動物が食べることが出来ない『毒』である。
もちろん、バビルサにとってもパンギノキは毒以外の何物でもない。
そこで、彼らは解毒作用のある温泉水で出来た水溜まりの水を飲んだり、泥を食べることで毒を中和する。一日に数kmも歩き回って解毒を行うというから驚きだ。
「そんなことなら毒のある食べ物を食べなければいいのに…」と思うが、パンギノキは有毒であるが栄養価が高いため、1‐2個で1日分の栄養をまかなうことができるのだ。
コスパが良いのか悪いのか…。
バビルサは本当に自分の牙が刺さって死ぬのか?
冒頭で「バビルサは自分の死を見つめる動物」であると紹介した。
「自分の牙が伸びたことで脳天に突き刺さって死ぬ。」という話が有名なのだが、実際にそんなことが起きるのだろうか?
調べてみたところ、自分の牙が刺さって死ぬという話はあくまで噂話のようだ。成長した大人のバビルサを見ると分かるが、ほとんどの個体の牙はカールすることで脳天に刺さることなく伸びていくようだ。
過去には実際に脳の頭蓋骨に牙が刺さっていた個体もいたようだが、死因が単なる寿命なのか牙によるものなのかは断定出来ていないようである。
死を見つめるバビルサ
こんなに面白い特徴を持ったバビルサだが、彼らも他の野生生物たちと同じく絶滅の危機に瀕していると言われている。
人間と生活圏が被ったことによる乱獲や駆除、森林伐採による生活圏の減少が原因とのこと。
すでに数千頭程しか残っていないと言われており、現在ではインドネシア政府による保護が行われているそうだが、それでも減少傾向にあるという。
バビルサ達は本当の意味で自らの死を見つめているのかもしれない。